10月30日(金)原発事故被害者「相双の会」会報42号が届きましたので、転載します。


勤め人(サラリーマン)は退職したら老後を 楽しむ事を夢見ながら仕事に精を出してきた。
しかし、最近は一人暮らしになると生活が成り立たないケースが多いという。
生活保護基準を下回っている高齢者を週刊誌などは「下流老人」というのだそうだ。

原発被災者の高齢者はどうなるんだろうと思うと心が痛む、被災者の高齢者は一人暮らしが多い、好きで一人暮らしになったわけではない。
生活権、居住権が原発事故により奪われた結果が一人暮らしになってしまったのだ。
その賠償を一方的に打ち切る計画を国が決めてきているのである。
高齢者は早く死ねと言っているのと同じだ。
また被災者全員がそう言われているようなものです。
それが我が国の本音だとしたら残念でならない。

こんなことを許される社会であってはならない。本来老人こそ安全安心、豊かな生活でなければならない。
それが社会への貢献してきた証しです。 (相双の会会長・國分富夫)

1.10月14日に実施された避難者訴訟第13回期日では、原告本人尋問4名がおこなわれました。
大熊町Hさん、南相馬小高区Yさんは、先祖代々続く農家です。
Hさんは6代目、Yさんは 17代目です。
お二人に共通していたのは、「土地をつくるのに何年かかると思っているのか」 「先祖に申し訳ない」ということ。
農家の方々が丹精込めて耕してこられた土地にはお金で換算しきれない価値があるのです。

Hさんの長男は就職先が決まっていたのが事故でフイになってしまい、未だに仕事に就けていないこと、
二男が国立大学を希望していながら事故の影響で高校のスタートが遅れ受験勉強に悪影響が出たことなど、を証言しました。
Yさんは、農家を継ぐ予定の二男一家と共に暮らした7人家族が離れ離れになり、現状では農業を再建できるとは思えないと証言しました。

大熊町のSさんは、材木から始めた会社を経営されてきた方。
ご自分で培ったノウハウをもとに、こだわりある自宅を建設され、その自宅も事業も、ダメにされてしまった。
「本当にどうしてこんなことになってしまったんだろう、 悔しくて、情けなくて…」と繰り返し証言。

浪江町のMさんは、自宅の状況や将来への希望のなさから「うつ状態」に陥った苦境、
共働きの家庭を助けてくれた大恩ある夫の母の最期をみとれず、無念な状況に立ち至ったことなど、
その悔しい心境を明らかにし「楽になりたい。 死にたい。うつ病の方が自殺される心境が初めて分かった」と述べました。

2.しかし、東電の代理人弁護士による反対尋問は、「残念」な尋問ばかりでした。
「自宅や、自宅が含まれるアパート1棟を所有するに至ったということは、そこに定住し、避難が終了した、ということではないのか」、
「避難先の付近に子どもたちの家族が居住しているのだから離散とはいえないのではないか」、「避難先の自宅は結構広いじゃないか」など。
これにたいして、4人のみなさんは、毅然と証言し、質問者の質問の不自然さが際立ちました。

3.裁判所への申し入れ
避難者訴訟の進行が遅れているため、進行を促進するため、弁護団は、現在3名の合議体の裁判所について、
5名の合議体に拡充し、5名で分担して尋問を行うことで進行を促進させるよう、福島地裁いわき支部に求めました。

 

子供たちが心配で原発周辺から移転したいが 、家屋、宅地の賠償ではとても新築できない。
なぜなら宅地は三倍、家屋の単価は通常の二倍から値上がりし、工事費もオリンピックなどの関係で上昇しているためだという。
農家は田畑をはじめ多くの財産を保有していたが、全て原発事故により奪われた。
その賠償をつぎ込み新居をたてて移転しているのが現状だ。
孫末代まで続くはずだった田畑をなくしたのですからその後生活が大変になります。
老後生活の蓄えがないのに借金をして移転しなければならない。
事故後5年で明らかになった のは二度と3.11以前に「復興」「復興」と 叫んでも戻れないことだ。
東電と国は被害者に対し次のステップに進めるような賠償責任を早急に行うべきです。

ツアー参加者の感想文(その1)
今回初参加です。
福島の現状をつぶさに見させていただき、実際の体験談もお聞きすることが出来認識を新たにすることが出来ました。
まずは周りの人達に伝え、福島の皆様のご苦労に少しでも報いたいと思います。
原発については収束の目鼻もつかないというのに、東京オリンピック開催は、この際辞退すべきだと、常に話し合っています。
反対運動まではいかないので、結局のところ大きな流れで、進んでしまうのかと思うと、本当に腹立たしい気持ちでいっぱいです。
S.S

初めて参加させていただきました。
高速道を走りながら、富岡町あたりから目に飛び込んできたのは、あちこちに集められて休耕田や自宅の前に積み上げられているフレコンバッグの様です。
その多さにおどろきました。
今後「除染」(移染)をすれば、さらに増えることになる。
この放射性廃棄物を、国や東電が管理する責任があると考えるのですが、これまでの対応を見る時、見通しは暗い気がします。
でもどうにかしないといけない。
悩ましいこの廃棄物の問題に大きな責任を感じました。
希望の牧場では、人によって被害をこうむった牛たちに「ゴメンなさい」を言いたいです。
門村充明

百聞は一見に如かず 今回実際に現地で見たこと、聞いたこと、肌で感じたことは、これまで東京にいて得ることのできる情報の何倍もの重さがありました。
反原発、3.11から、あるいはそれ以前から直感的に原発はノー! と思ってきました。
核の 問題点について、学んできました。
そして今回あの事故がどれだけの人々の暮らしを破壊するか、痛切に理解できました。
蟻塚先生のお話しをうかがい、悲しむ気持ちも湧いた半面、最後 におっしゃった「波のように」なろう。
私も「これだ」と思いました。
國分さんご夫妻の温かさに福島の人達のやさしさと、そのやさしい人達の暮らしをメチャクチャにした国と東電に対して怒りがつのります。
岩井京子

無人の「きれいな」住宅や、手入れされた植木、庭先のフレコンバッグ、建設中の「復興住宅」に、ちぐはぐで奇妙な印象を持ちました。
解体申請中の家屋が小高区だけで 2500軒ある というお話も聞きました。
放射能被害の現実によって避難されているみなさんの思いと、住民の思いを無視した、国の強引な帰還政策に唖然とし、暗澹たる思いです。
蟻塚先生のお話では、被災されたみなさんの追い詰められた気持ち、身体化障害などの厳しい現実を痛ましく聞きました。
福島事故という東電や政府による犯罪を絶対に許してはならないと思います。
長谷川乃理夫

フレコンバッグの山や各家の庭に積まれたままの様子が、一昨年と変わっておらず、悲しかった。
国策としておこなわれた原発により、避難をさせられ、汚染土も行き場がなく、各家の庭や地域におしつけられた様子は、
原発は選挙で選ばれた国会議員が決めてきたこと、議員を選んだのはあなたたち、原発を受け入れたのもあなたたち、
汚染土もあなたたちのものと、自己責任をとらされているような感覚がしました。
脱原発の運動も一つの人権運動だと思う。
誰かを犠牲にする政治、自己責任で終わらせる社会は、やはり間違っています。
運動を広げるのも私達自身しかないのだと確認しました。
水摩雪絵

南相馬では帰還とは名ばかりで、住めない家が、フレコンバッグ(除染した土などを入れる黒い袋)に囲まれている様子に、原発事故は終わってないことをしみじみ感じました。
大きな家が多く、住めなくなった人は、まだ仮説住宅にいるかと思うと、胸に熱いものがわきます。
仮設は4年もいられるようなところではありません。
原発工事関係者が全国から集まり、治安も悪くなっているそうです。
住民は裁判を起こし、国と東電を相手にたたかっています。
つながっていかないと、国に負けてしまいます。
一人一人の力が大切ではないでしょうか。
メンタルクリニックの蟻塚先生のお話も実践に基づいた話で、もっと聞きたいくらいでした。
谷とも代

人の消えた状態の町を見て、実際に来てみないとわからない事はたくさんあるなと思いました。
仮設住宅も写真で知っていても実際を見るとすごく天井が低いことにおどろきました。
除染した土が積まれた光景に、これが現実に日本でおきている事なのかと、今までの認識が甘かったことがわかりました。
そしてその光景も何度か見るうちになれてしまう自分の感覚が、一番恐ろしいとも思いました。
初めに受けた衝撃を忘れずに、人に伝えていきたい。
匿名

仕事が除染・廃炉の仕事しかないということ。
小高地区の家屋の解体が2500軒もの申請があるとのこと。
この地域に未来は?と怒りでいっぱいです。
こんなに美しい夕焼けの山並み、田畑、農作物の豊かなこの地を、日本の財産をダメにしてしまった原発、許せません。
東京に住む私ができることは、まず友人とやっているミニ学習会で報告すること、福島の裁判をできる範囲で支援すること、
福島を忘れられないように広く伝えていきたいと思います。
また来年4月から始まる電力自由化で原発の電力をなるべく使いたくないと考えています。
山中菊江

3年続けてバスツアーに参加しました。
原発被害で無人となった集落を見るのはつらいものです。
住んでいた方々のつらさや、悔しさ、人生そのものの暮らしを奪われた思いは、私の想像などはるかに超えていると心痛みます。
蟻塚先生の講演会がツアーに組まれ、貴重なお話を聞けて大変良かったです。
私にできることは風化させない事です。
又ツアーがありましたら、友人や知人に声をかけて参加します。
N.S

 

相双の会42号-8

 

>>PDFはこちらから