1月5日(火)原発事故被害者「相双の会」会報44号が届きましたので、転載します。

あけましておめでとうございます

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原発事故から5年、強制的に避難命令がでて死に物狂いで逃げた時を思い出す。
そしてどこが「安全」なのか「帰るも自由、帰らないも自由」と避難解除の年になるようです。
「相双の会」は放射能から後世を守る活動を続けます。
今年も宜しくお願いします。

苦難を負わされた被害者とでたらめな加害者
小出裕章(元京都大学原子炉実験所 助教)

5年も続く「緊急事態」
福島第一原子力発電所事故は東北地方・関東地方の約1万4000平方キロメートルの土地を放射線管理区域にしなければいけない汚染を生じさせました。
その主犯人であるセシウム137は総量で 2.4 ペタベクレルです。
それを重量に換算すれば、750g にしかなりません。
「放射能は五感で感じられない」とよく言われます。
「放射能」とはもともとは 放射線を放出する能力を意味する言葉ですが、日本ではその言葉を「放射性物質」を表すためにも使ってきました。
放射性物質はそれが物質であるため、重さもあれば、形もあります。
触ることもできるはずだし、場合によっては匂いだってあります。
何故「放射能は五感に感じられない」と言われるかといえば、五感に感じられるほど放射能があれば、人間は簡単に死んでしまうからです。
2011年3月11日に発令された原子力緊急 事態宣言は5年近く経とうとしている今も 解除されていません。
法令を守るなら、普通 の人々に年間1ミリシーベルト以上の被曝 をさせてはなりませんが、今は緊急事態だか らと言う理由で、年間20ミリシーベルトまでは被曝せよということにされてしまっています。
緊急事態が1週間続く、あるいはやむを得ず1月続くというのであれば、まだありえるかもしれません。
しかし、 この国は緊急事態をすでに5年も続け、今後何十年も緊急事態だと言い続けるつもりなのです。

「中間」ならぬ「最終」
汚染地に棄てられた人々のうち、自力で逃げられる人はわずかです。
ほとんどの人は、そこで生活せざるを得ません。
今、「除染」なる作業が行われていますが、除染とは汚れを除くという意味です。
しかし、汚れの正体は放射性物質であり、人間には放射能を消す力はありません。
つまり、言葉の本来の意味で言えば、「除染」はできません。
できることは、どこかにある放射性物質を別 の場に移すこと、すなわち「移染」と呼ぶべき作業です。
人々は、住居の周り、学校の校庭、通学路などの表土をはぎ取り、フレコンバッグに詰めてきました。
もともと山にある汚染を「移染」することはできませんし、 田畑の表土を剥ぐこともできません。
できる「移染」は全体の汚染のうちごくごくわずかでしかありませんが、集めたフレコンバッグはすでに1千万袋近くになり、汚染地のそこかしこに山積みになっています。
フレコンバッグは簡単に破れてしまうし、そうなれば、一度袋に詰めた放射性物質がまた環境に出てきてしまいます。
そうした 放射能のゴミを、国は住民から借り上げた土地を中間貯蔵施設として、そこに保管すると言っています。
しかし、一度そこに受け入れてしまえば、2度と外部に運びだすことなどできません。
つまり、中間貯蔵とは名ばかりで、最終貯蔵施設になってしまいます。

放射能ゴミは福島第2原発へ
本来、問題は単純です。汚染の正体である 放射性物質はもともと東京電力福島第一原子力発電所の炉心にあったウランが核分裂して生じたものです。
ウランは東京電力の所有物ですし、それが核分裂してできた放射性物質も東京電力のれっきとした所有物です。
東京電力の所有物は東京電力に返せばいいのです。
その東京電力は、 自分がまき散らした放射性物質はすでにそれぞれの土地に固着してしまっているため、 自分のものではなく、「無主物」だと主張するでたらめな会社です。
私の本心を言えば、 集めた放射能のゴミは東京電力の本社ビルを埋め尽くすのがいいと思います。
それができないのであれば、福島第 2 原子力発電所の広大な敷地を放射能のゴミ捨て場にするのがよいでしょう。
東京電力は福島第2原子力発電所の 4 基の原子炉を再稼働させようとしていますが、冗談はいい加減にすべきです。
言葉で尽くせぬ苦難を負わせた住民たちに、さらに放射能のゴミ捨て場を提供させ、自分は無傷で生き延びるなど到底認めてはいけません。

何も罰せられぬ加害者と分断される被害者
汚染地の人々は何とか自分の住んでいる場所を復興させたいと願います。
でも、人は恐怖を抱えながら生きることはできません。
その上、幸か不幸か放射能は五感に感じられません。
汚染地で被曝の心配を口にする人は、むしろ復興の邪魔だと非難を受けることになってしまいます。
故郷を追われた人、自力で避難した人、棄てられたまま避難することができない人、すべて福島第一原子力発電所事故の被害者です。
その被害者同士が分断され、加害者は責任を取らないどころか、何の処罰も受けていません。
今、 被害者がなすべきことはお互いを非難し合うことではなく、団結して加害者と闘うことです。

放射線被ばく問題(1)

松崎道幸(道北勤医協旭川北医院院長 医学博士)

問:福島原発事故の放射線被ばくで増えた病気はあるのですか?

答:周産期死亡(妊娠 22 週以降の死産と生後 7 日未満の赤ちゃんの死亡)が増えたと考えられます。
放射線被ばくの多い県と少ない県の原発事故前後の周産期死亡率を、総務省統計局のデータをもとにして分析すると、被ばくの多い地域では、事故後、周産期死亡が明らかに(統計的有意性を以て)増加していることがわかりました。
医学の教科書的には、放射線被ばくで死産するには 100mSv 以上の外部被ばくが「必要」ですが、福島原発事故後のわずか数 mSvの追加被ばくでも、死産や乳児死亡が増えていたおそれがあります。
同様の事は、チェルノブイリ事故でも観察されました。

問:福島では子どもさんの甲状腺がんが 100名以上発見されているということですが、これは放射線被ばくのせいでしょうか?

答:放射線被ばくが原因であるおそれが高いと思います。
決定的なポイントが二つあります。
ひとつは、男女比です。病気の診断や治療のために喉の周辺にレントゲン検査や放射線治療を受けた子どもさんに、後遺症として 甲状腺がんが発生することがあります。
その場合、甲状腺がんの男女比は、ほぼ 1 対 1です。
一方、「自然発生」の小児甲状腺がんは女性に圧倒的に多いのです。
これは女性ホルモンの影響と考えられています。
ちなみに日本の「自然発生」小児甲状腺がんの男女比は 1 対 4.3 です。
世界全体でもこの女性優位の傾向は同じです。
ところで、福島県の調査で発見された子どもさんの甲状腺がんの性比は、男 1 に対して女 1.5 位だったのです。
もし発見された甲状腺がんが放射線被ばくに関係 ない「自然発生」がんであるとすれば、女性には男性の 4~5 倍くらい発生するはずです。
この 1 対 1 に近い男女比は、福島の小児甲状腺がんが「自然発生」でなく「放射線被ばく」 によるものである可能性を強く示しています。
もう一つは、チェルノブイリ原発事故の汚染地に住んでいても、原発事故の後に生まれたこどもには検診をしても甲状腺がんが見つからなかったという事実です。
原発事故前に生まれていたゴメリの子どもでは、1000 人 に1~2人の甲状腺がんが発見されましたが、同じゴメリに住んでいても原発事故後に生まれたこどもを2万5千人以上検査しても、一人も甲状腺がんが発見されませんでした。
これは、原発事故後ほぼ2週間ほどで消えてしまう放射性ヨードにさらされないならば、甲状腺がんが発生しないことを意味しています。
つまり、放射性ヨードにさらされない集団(原発事故後に生まれたこども、あるいは、原発事故前に生まれた子どもでも事故による被ばくのなかった子ども)では、いくらスクリーニングをしても、ほとんど甲状腺がんが発見されないことになります。
福島の甲状腺検診で 36 万人の子どもたちから発見された 100 人以上の甲状腺がんは「自然発生がん」でなく放射性ヨード被ばくによるものであると考えざるを得ません。
そのほかに、①被ばくから発がんまでの最短潜伏期間は1年であるという米国政府の見解が公表されている、②チェルノブイリの小児甲状腺がん症例の半数では甲状腺被ばく線量が 100mSv 以下だったことなども、福島の甲状腺がんと被ばくの関連を示しています。

 

講談師 神田香織さん 南相馬で口演

と き 2月21日午後1時30分開演
場 所 南相馬市内


◇神田さんはいわき市出身で福島県立いわき女子高卒業後、東京演劇アンサンブル、渡辺プロダクションドラマ部を経て昭和55年神田山陽門下生となり、二ツ目以降、ジャズ講談や一人芝居の要素を取り入れた神田香織独自の講談を次々発表、講談の新境地を切り開いてきました。
◇代表作:中沢啓治の漫画「はだしのゲン」や、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの「チェルノブイリの祈り}

 

 

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