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相双の会 会報88号

相双の会 会報88号

原発事故被害者「相双の会」会報88号が届きましたので、転載します。


7月29日に福島原発避難者訴訟控訴審の第6回訊問が仙台高等裁判所で行われた。
当日は南相馬市小高区から避難している國分富夫(「相双の会」会長)と、川内村から避難し慰謝料支払いも住宅提供も打ち切られて「車上生活」をしている A さんの二原告が証言した。

○原告側代理人の尋問への國分富夫の証言(要旨)
私は4年前から時間のあるときは小高に行っています。
自宅は3年前にとりこわしましたが、生まれ育った小高に行くと気持ちが落ち着きます。
それに帰還している知人が寂しい思いをしていますからから、少しでも話し相手になりたい」。

「小高の居住者数は公式には事故前の 3 割弱とされますが、3 割弱戻ったという実感はありません。
帰還した年配者は『若い人が戻る分けない。若い人はこれからが人生なのだ から』『帰って来いとは言えない』といいます」。
「たくさんの家が壊された後の更地の 3 割 ~5 割には売り物件の看板があります。
一般住宅が新しく建てられているのが見受けられるが住んでいるのは少ないと思われます。
小学校中学校の児童生徒はスクールバスで避難先から通っているのが多い。
だから小高に行っても、子供を滅多に見られません」。

「今年の 1 月に小高復興拠点施設として『小高交流センター』がオープンしましたが、住民は数人程度しか見かけられない。
マッサージ器を利用する程度です。
つくられた交流はその場しのぎで終わる。
コミュニティーは長い時間をかけてできるものです。
しかし小高では年寄りだけが点在して、心も暗くなって話などしたくないという人もいます。
「これか らどうする」と聞いても何も言わない。
精神科医の先生によれば事故のトラウマで希望がなくなった人が多いそうです。
帰還した方には避難先でいたたまれなくなった人もいます。
避難先のお祭りに行った ら『避難者が来た』と白い目で見られたりするため、どこから来たと近所に言えなかったり、避難先に家を建てたが嫌がらせを言われアパートに移った方がいると聞きます。

○不愉快な被告(東京電力)代理人の反対尋問

被告代理人(東京電力側の弁護士)から反対尋問をうけます。
その態度は、被害者の心情を思いやるところは少しもなく、とても不愉快なものだった。
被告代理人は「賠償金で相馬に家を建てましたね」とか「東電からの慰謝料を受けとりましたね」など、無意味な質問を繰り返した。
被害者に「金を払ってやっただろう」と念押しするような態度である。
これには原告代理人(弁護士)も「賠償や慰謝料については何ら争っていないのに、なぜ無関係なことを尋問するのか」と抗議されました。
國分富夫も 怒りに身を震わせながらこう答えた。

「賠償や慰謝料を支払うのは当たり前のことでしょう。
全てを奪われたのにそんなこと言われる筋合いはありません。
賠償と月 10 万 円の避難慰謝料は支払われました。
しかしそれでは済まないから裁判で訴えているのがわからないのですか。
私はお金がありませんでしたから小高の自宅を建てるにしても、基礎は休日と朝と夜に自分でつくりました。
材木は山からトラクターを使い引き出しました。
また多くの友人に手伝いを受けて出来上がった家でもあり、感謝の気持ちで一杯です。
子供たち三人にとっても思い出深い家です。
東京に住んでいる娘に『家を解体する』と告げたら、家とのお別れに飛んできて家の中に大きく『有難うさようなら』と書いて帰って行きました。

原発事故がなかったら、そろそろリフォームをして生涯を閉じる家にしようと思っていたところでもありました。
また息子家族も近くに家を建てる計画をしていた矢先でもありました。
家というものは家族全員の思い出の 詰まった大事なものあり、解体するのは悲しくてやりきれないものです」。

また、被告代理人(東電弁護士)は「あなたの娘さんは新しい仕事をしているのですね」
などと尋問してきました。「家族も仕事につけたから、いいではないか」と、言わんばかりの質問には、國分富夫はこう答えました。
「娘は事故当時、南相馬市役所職員だった。
原発事故により夜遅くまで体育館で物資の受け入れ、朝早くから避難者の食事配布、日中は市役所の業務と休みも一切取れず、毎日住民から怒鳴られながら頭下げて働いていました。
その結果体調を崩し長期療養となり退職を余儀なくされるまで追い詰められた。
精神科医先生の親身になった治療の結果、何とか体調を取り戻し新しい仕事につけたのです。
そんな時多くの自治体職員が体調を崩して長期療養者がいることをマスコミで取り上げられた事もありました」。

さらに被告代理人が「小高区役所前のモニタリングの線量計これだけ(0.07)低いですよね」と質すと、「そこの線量計の土台はコンクリートであり線量は上がるわけがないにも かかわらず、線量が下がったという証明に出してくるのはおかしい。確かに自然界にも放射能がある。
それに医療被曝もあるが、それ から逃れて生活はできません。
原発事故により自然界にない最も有害な放射性物質が放出されプラスされたのです。
危険な放射性物質 セシウム 137 は 100 年で十分の一までしか減 らない。
全消滅するには 200 年から 300 年か かると言われています。
本来なら少なくても 100 年の保証はすべきです」と反論した。
尋問を終え、国分富夫は「我々被害者には 何の落ち度もない。事故をおこした東電に 100%責任があるにも関わらず、反対尋問で言いたいことを言ってくる。
そして事故を起こ したことを正当化しようとしている。
被害者を馬鹿にした言い方はないだろう。
『賠償しましたよね』『これだけ放射線量は下がりましたよね』などと当たり前の人間であったら言えないでしょう。
どこまで庶民を被害者を馬鹿にしているのかと思わざるを得ない」と語った。

仙台高裁での第7回尋問は
9月5日(木)
高裁前に9時集合
(10 時から開廷です)
放射能で汚染された土壌のなし崩し再利用

何のための除染だったのか、当初から完全なる除染などあり得ないと誰も納得できないでいた。
それでも除染が強行された。
除染に費やした費用は 5 兆円と言われたが、家から数十メートルの山林は全く手つかず。
年間 1 ミリシーベルトまで減らそうとすると 100 兆円 かかるとも言われている。
それでも放射性物質は消えるわけではない。
最終処分場など日本にあるのだろうか。
そもそも原発建設を最終処分場など考えないまま強行してきたのである。
福島の原発事故が起きれば広範囲の国土が汚染され、安心して生活できない状況に 追い込まれた事に何の責任をとろうともしない国と電力会社なのです。
自公の政権は電力会社を財政的にも援護する法律をつくり、電力会社は何でも安心なのである。

その上、1kg あたり 8000 ベクレル以下の除染土を身近な道路、防波堤の盛り土などの公共事業に、同じく 5000ベクレル以下は農地造成(表土ではない)に再利用することを、今年春に国は決めた。
3.11 原発事故の前は、 放射性廃棄物を再利用するには、1 kg当たり 100 ベクレル以下が決まりでした。
1m Svを 「非常事態だから」と、20m Sv以下に勝手 に変え、レントゲン室並みの地域にも「帰還」 させようとしてきたのと、同じことをしよう としている。
しかも今度は全国にこの基準で 「除染土」再利用をひろげるのだ。

環境省は8月 1 日に、福島第 1 原発事故に 伴う除染で生じた土を、園芸作物などを植える農地の造成にも表土で再利用する方針を決めた。
除染土の再利用に関する基本方針に、 新たな用途先として追加した。
食用作物の農地は想定していないと言うが信用できるものではない。
人の生命健康にかかわることだ。
子どもほど被曝の影響は強く出る。
私たち原発事故被害者を人間扱いしないだけでなく、国民を愚弄し命と健康などなど一欠片も考えていなのが自公政権であると言わざるを得ない。

福島第二原発の廃炉について(上)

東電は福島第二原発4基の廃炉を今さらながらようやく決定した。
東電によると、この廃炉関連費用は総額で 4千億円超に上るとする。
全4基の廃炉には 40年超の期間がかかる見通しという。
これには二つの大きな問題がある。

廃炉計画の実態は
まず原子炉本体や格納容器や建屋を解体・ 分解する必要があるのかという問題である。
核燃料を別扱いするのは当然として、それを 取り出した後の原子炉等を解体する必要性は乏しい。
予想より増えて建設費に近いほどの 高い費用をかけて解体しても、安全に再利用できるものはさほどない。
日立や東芝や三菱などの独占資本にとっては、建設時に近い儲け仕事になるかもしれないが、庶民には負担が増すばかりである。

東電によれば廃炉で出ると見積もられる放射性廃棄物は「5万トン超」とされる。
その中でも汚染の程度が低いものは再利用すると されるが、大半は再利用できず、埋設などの処分が必要なものとなる。
むしろ放射能を含んでしまった鋼鉄等々を外に分散させる危険性の方が問題となる。

従って、これらは解体することなく、そのまま墓標にするべきであろう。

 

使用済み核燃料の行方
もっと重大なのは4基の使用済み核燃料 プールに保管する「1万76体」の核燃料を どうするかだ。
小早川社長は核燃料を金属容器に入れて空冷する「乾式貯蔵」施設を造り、 「廃炉完了までに県外にすべて搬出する」と 内堀福島県知事に説明した。
いずれすべて県外に搬出するなどといっても、受け入れそうなところはどこにもない。

高速増殖炉『もんじゅ』はとっくに破綻し、 廃炉とされている。
そのため使用済み核燃料 からプルトニウムを抽出する再処理の意味は すっかり消えうせている。
青森県六ヶ所村に 造った再処理工場は幸か不幸か随所に問題を抱えていて、遅れに遅れ稼働もできない。
すでに14兆円を浪費した。

地震、火山、地下水を見るだけでも、日本には使用済み核燃料(高レベル放射性廃棄物) を10万年以上にわたって安全に地下埋設処分できるところなど、どこにもない。
青森県 に持ち出すことはできないとなると、原発敷地内で永久的に管理保管するしかない。
プー ルから引き揚げて、金属容器に納め空冷の「乾式貯蔵」に移行するとして、そのままで何万年も放置することはできない。
屋内の条件をどのようにしても、燃料被覆管も金属容器も腐蝕が進行するからである。
いずれ金属容器はより大きな新しい金属容器に納めねばならなくなるであろう。
大事故の起きなかった原発でも、このような問題を抱えている。
(原野人)

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