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相双の会 会報101号

相双の会 会報101号

原発事故被害者「相双の会」会報101号が届きましたので、転載します。

*岡本さんは 30 年以上も前に東京から飯舘村に移住した方です。
長い避難生活の後現在は飯舘村にもどっています。
今の思いを語っていただきました(『相双の会会報』事務局)。

1989 年飯舘村へ

田舎暮らしに夢というわけではないが、「脱都会」、つまり都会暮らしが嫌になり田舎へ逃げ込むとでもいうか、東京生まれの東京育ちなので田舎に憧れたのかな、それに人生サラリーマンで生涯老いたくない気持ちもありました。
現役中は労働組合の書記長も経験し『資本論』に夢中になり、原発事故で避難生活が続いてもその時の書物やら写真は手放すことができません。

ある時、妻・葉子へ「田舎暮らししよう」と話しかけたら見事に断られました。
まさか夫婦別れまでして実行できない。子供もいたことでもあり許されることでもないと思いあきらめ半分でした。
ところがある日突然、葉子が「貴方の思うようにしたら」と、言い出しました。
どうしたんだろうとビックリした。
「その代わり条件がある」と言う。
何だろうと思ったら、ヨーロッパ旅行に行きたいと言い出した。
「良いだろう行ってくればいい」 と言ったが「二人で行きたい」となったので 承諾しました。
3週間の楽しい旅行でした。
当時、私は 54 才、葉子は50 才でしたので何でもできると自信がありました。
1989 年(平成元年)5 月に飯舘村に中古住宅を買い移住しました。

充実した日々に大満足

農地を借り受け養鶏をはじめました。養鶏 といっても単に狭い檻の中に閉じ込めての養鶏でなく、放し飼いの養鶏です。
「あぶくま 自然卵」と命名し 350 羽飼った。
エサはいろいろ工夫し、酒造会社蔵元から米の擦り落した粉を安く提供していただき、宮城県沿岸のカキ業者から殻をもらい受けるなど、こだわりの卵が出来上がりました。

養鶏は生き物ですから一日だって休む暇ありません。
だからと言って人を雇う余裕などないし、まして雇って搾取するなど 自分には考えられませんでした。
卵は素晴らしく美味しい。
他の養鶏場の卵とは比べ物にならない自信作でした。
卵の殻は丈夫で輸送にも安心であった。
噂は自然と広まり、朝日新聞にも掲載され、都会の料亭などからも注文が来るようになり安定してきました。
しかし、休む暇がないため。過酷な仕事です。
そんな葉子の姿を見ていて、もう止め時かなと思い 14 年間で終止符としました。

その後、葉子はホームの理事、婦人会の役員、趣味で絵画、書道と仲間と楽しみながら 活動的でした。
自分は村の行事に積極的に参加し余生を楽しんでいました。
村には豊富な自然食品、春は山菜、秋はキノコと都会では味わいない高級食品ばかりです。
生活費は二 人で月 10 万円もあれば充分でした。
それに村内の方々とは親交が深くどこへ行っても笑顔でした。
時々息子夫婦も孫を連れて田舎を満喫して帰る。
こんな充実した生活に大満足で幸せでした。

避難生活でアルツハイマーに

2011 年3月 11 日の大震災、12 日から福島 第一原発が水素爆発、飯舘村は原発から遠いこと、阿武隈山間の村であるから誰も安全だろうと思っていました。
天候は寒く雪が降ってきた夕方には南相馬市方面から続々と避難してきました。

飯舘村はその翌日になって村は放射能が高いうわさがたちましたが、飯舘村で線量計など見たことない人がほとんどであり、放射能などに無頓着で無知でした。
それから一か月も過ぎてから計画的避難が指示されるなどと馬鹿げた対策でありました。
私たちは福島市へ避難し、周りは見知らぬひとばかりで孤独の状態でありました。

葉子は村の友達の避難先が転々したのも分からず、元の避難先や避難前の飯舘の家へ何度も手紙を出していましたが、友達からは返事が返ってこないので気になっていたようです。
それから間もなく葉子の様子がおかしいと感じたので、医者に行こうと言っても行こうとしない。
それからどんどん進み診察を受けたときはアルツハイマー病と診断されました。

しばらくしてから葉子が手紙を出し続けていた友達から、「避難先への転送手続きを郵便局に出していなかったために転送されず手紙が投函箱に溜まっていた」と、連絡がありました。
2012 年4月の葉子の手紙の内容の一部を紹介します。

 

妻・葉子の手紙 抜 (飯舘の友人あて)

・・・飯舘村の人たちがこんな状態にさせられて、ほんとうに辛いです。
みんなバラバラにさせられて、心もバラバラになってしまったように感じます。
村長は除染をして村民を戻したい考えが強いのですが、私は無理だと思っています。
昨年六月に避難して以来、原発、放射能の本を沢山読み学者さんたちの講演も聞きました。
・・・昨年十月に川俣町の知人に会い、三人の方からお子さん、お孫さんからドボドボ鼻血が出たお話を聞いた時にはついにチェルノブイリの子供たちと同じ状態が出てきてしまったと感じて悲しくなってきました。
三春の作家玄侑宗久さんの『福島に生きる』を読んで大変ショックを受けました。
…日本にはこれまで土壌の放射能汚染に関する基準は何一つなかった。
ヨウ素は心配ないそうですが、セシウム 137 は三〇年から四〇年に及ぶもので、長期間、農作物はもとより人体に影響が出てしまう、と、これを読んで、初めて村長がかくしていたことだと分かりました。
これで全村民が被曝してしまったことになるわけです。・・・いろいろ書いちゃいましたが、ごめんなさいね。・・・村の人たちは帰りたいけど帰れないという人が多くなっていると聞きます。
私たちもアキラメました。
アパートに入居して以来眠れない日が続きましたが、やっと最近心が楽になってきました。
できるだけ散歩を心がけ、これからレイチェル・カーソンの『沈黙の春』を読もうと思っているところです。
そんな毎日です。
『書』のべんきょうを考えております。
長いことゴメンネ!!時々お会いできることを願っています。
お体に気をつけられて、良い日々をおすごし下さいね。
お互いに頑張りましょうね!!

原発事故さえなかったら

妻の病気は進み、認知症による徘徊中に転倒し、恥骨骨折し、歩行困難となりました。
老々介護の日常生活は大変でショートステイでも限界に達したため、介護老人ホームを探したが何処も満員で2~3年待ちであるため、飯舘村へ相談したところ運よく「特別養護老人ホーム いいたてホーム」へ入所することが出来ました。

葉子の病気は進み、福島市に避難中の私も足腰が悪くなり限界に達してきました。
福島市から飯舘村のホームに通い続ける長距離運転が苦痛になり、線量は高いが村の自宅をリフォームし戻りました。
自宅からはホームも近いので何時でも妻に会いに行けます。

活動的な葉子がこんなになるとは、高校時代はバトミントンで全国大会へ出場し、バ レーボールも活発だった。
なにをやっても積極的に会話も楽しんでいた。
原発事故がなかったら村民の方々と趣味を通して楽しい日々が続けられただろう。認知症にもならず恥骨骨折などあり得ない。
孫たちも遊びにきていたでしょう。

それが突然バラババラになってしまい先が見えなく、自然と会話が無くなり病気が進んでしまったと思います。
私たちの子供たちだって放射能が気になり面会にも来れない。
最近、妻は自分を忘れかけているのではないかと心配、面会に行ってもコロナ禍のためガラス越しです。
飯舘村も残念なことに日本で一番汚い村になってしまいました。

9月 28 日、原発被害者弁護団は、私達避難者訴訟第1陣の3.12 仙台高裁判決を不服として上告した東電の「上告受理申立理由書」に対する「反論書」を最高裁判所に提出しました。

原告団と弁護団は東電に上告せず高裁判決に従えと求めましたが、東電が最高裁に上告したため、私達も上告しました。
最高裁は東電の上告を受理するかどうか検討中ですが、東電が7月 27 日に提出した「上告受理申立理由」はきわめて悪質です。

そこで原告弁護団は6名の学識経験者の添付資料を添えて、詳細な「反論書」を提出しました。

 

「故郷喪失」は「ノスタルジック」!?(得がたいもの)

東電の「理由書」の問題はたくさんあります。
その冒頭に、
①大多数の避難者が訴訟をおこしていないのは賠償を過小とは考えていない証左だ、(事実を明らかにするよりどころとなるもの)
②賠償の「一律の上乗せ」判決が確定すると「訴訟の乱発」を招き「司法が停滞する」などとあります。
いったい裁判に立ち上がるのにどれだけの苦労がいるのか、それを考えて多くの方が訴えたいけど耐えられずにいるのです。
それだけに裁判に勝ってほしいと大勢の被害者が願っています。

さらに「理由書」には、加害者である政府の原賠審の賠償規準以上は認められないし、特に「故郷喪失」慰謝料は「法的に保護される権利・利益」にあたらない、「故郷」喪失を 訴えるのは「ノスタルジック」で「法規違反」ではなく、権利侵害は認められず「住宅」を賠償すれば「故郷喪失」は解消する等々、聞き捨てならぬ暴言が並んでいます。
国の極めて限定した規準で目に見える「損害」だけ賠償すれば、あとは関係ないというのです。
「故郷喪失」より「剥奪」という方がいいでしょう。
原告は全生活を破壊された苦しみを長年の裁判で具体的に訴えて来ました。
だからこそ仙台高裁も理解してくれたのです。

 

訴訟が増えることを恐れる東電!?

東電は政府の「原子力支援機構の指導の下に最高裁に上告した」と公言しています。被告弁護人に元最高裁判事・千葉勝美弁護士まで依頼しました。
『仙台高裁判決を認めたら訴訟が増え「司法が機能不全」になる』などと国民の裁判をする権利すら否定して、高裁判決はすべて破棄せよと求めるのは異常です。
国と東電は、今次上告で各地で続く原発損賠訴訟を一掃したいのでしょうが、前代未聞の横車であって各地訴訟の第1 陣である私達としても絶対許せません。
また世論の力で東電の野望を阻止できると確信します。

近日中に、最高裁裁判官あてに「避難者訴訟第1陣への公正な判決を求める署名」運動が開始されます。
署名用紙は「相双の会会報」を読んでいただいている方には、メールします。
たくさん集めていただき、國分富夫(タイトル横に記載)まで送付願います。

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