東日本大震災以降、福島県郡山市の2つの保育園に野菜を送る活動を継続してまいりましたが、この度、活動を終了させていただく運びとなりました。注文番号311番の供給高の5%を寄付する活動、ならびに福島こども支援募金も終了となります。

12月6日ご挨拶を兼ねて、保育園を訪問しました。

なごみ保育園園長 遠藤 和江

原発事故以降、支援を頂き、ありがとうございました。放射能を検査することが普通だった中、放射能の心配のない、なのはな生協さんの野菜は大変助かりました。夏にはたくさんのとうもろこしやすいかをクリスマスにはサンタやトナカイに扮して子どもたちに会いに来て頂きました。サンタさんを見た時の子どもたちの笑顔は今でも覚えています。

 現在は、0才から2才児を預かっています。どの子どもも美味しい野菜をパクパク食べています。外遊びや土いじりもできるようになり、震災前の日常に戻っています。これまで長期にわたり、支援していただき、ありがとうございました。

梅の木保育園園長 秋元幸枝

 なのはな生協の皆様へ

皆様お変わりございませんでしょうか。いつも大変お世話になっております。東日本大震災以降、なのはな生協の組合員の皆様、生産者の皆様、をはじめ多くの方からの心温まる励ましをいただきました。また、安全でおいしい野菜や果物をたくさん届けていただきました。長い間ありがとうございました。

 当時はまだ畑で育てた野菜を収穫することや、収穫した野菜を食べる食育活動が中断している状況だった2014年と2015年には、組合員さんの皆様と三里塚微生物農法酵素会の皆様からのご支援により千葉へ年長児を招待していただき、大変貴重な体験(畑での収穫体験、博物館見学や成田山への参拝、さくらの山公園での飛行機見学など)をさせていただきました。あの時に畑に足を踏み入れたやわらかい土の感触は忘れられません。丁寧に整備された畑での土に触れあう経験は、当時の子どもたちには本当に貴重な体験でした。

 約14年前、未曽有の大地震後福島県内では原子力発電の爆発に伴い、避難を余儀なくされる方や、作物に対してや福島県に居るというだけで風評被害を受けるなど、当時は誰もが経験したことのない状況に日本中が戸惑っていたように思います。目に見えない放射線が、どこにどれだけの量で広がっているのかも分からず、市から支給された「線量計」という初めて扱う機械を使い屋内外を毎日のように測定し、戸外に出る際はできる限り肌を出さないように洋服などで覆い、マスクをするという生活が         続いていました。園での給食は食品の線量を測定するなど震災前の生活とは違っていることが、すぐに当たり前の生活になっていきました。

 そのような状況の中、なのはな生協の理事長様はじめ、役員、職員の皆様にも支援後、幾度となく訪問していただき子どもたちとの触れ合いを大切にされていたことがとても印象に残っています。園児たちも皆さんの訪問をいつも楽しみにていました。これまでの間の福島県の子どもたちを思うお気持ちにどれだけ応えることができていたのだろうかと考えてしまいます。震災当時年長児だった子どもたちは、来年1月に郡山市で開催される「ハタチつどい」に参加する年齢となり、千葉へ訪問した園児たちは現在高校1年生と中学3年生になっています。今日まで届けていただいた野菜や果物をたくさん食べて、梅の木        保育園の子どもたちは健やかに成長してきました。

 現在は、おもいきり戸外活動をしたり、畑での野菜作りを通して食育活動を楽しんだりしています。皆さんの活動を通して、応援してくれている人たちがいるということを実感する日々でした。これからは、違う形でこのご縁を大切にしていきたいと思います。本当にありがとうございました。

最後になりましたが、皆様のますますのご健勝を心よりお祈りしてお礼の言葉とさせていただきます。