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ミニミートキッシュ

餃子の皮でキッシュを手軽に!
餃子の皮10枚とマフィン型10個を用意します。玉ねぎ1/4個とにんじん1/4本はみじん切りにしておきます。耐熱容器に、合挽肉150gと玉ねぎ、にんじんを入れ、ケチャップ大さじ3とウスターソース大さじ1、塩こしょう少々を入れて混ぜ合わせます。ふんわりとラップをかけて600wの電子レンジで3分加熱し、一度混ぜてから再びふんわりとラップをかけて600wで2分加熱しフィリングを完成させます。オーブンを180℃に予熱します。別のボウルに卵1個とよつ葉生クリーム50cc、よつ葉牛乳50cc、塩こしょうを入れて混ぜ、ソースを完成させます。マフィン型それぞれに餃子の皮を敷き、フィリングを等分に入れて、ソースを流し入れ、シュレッドチーズをトッピングして、180℃のオーブンで15~20分焼いて完成です。

乾燥パセリで飾ってみました。キュート♪

福島原発訴訟第二陣控訴審第1回口頭弁論期日

7月10日(金)に行われる福島原発損害賠償請求千葉訴訟第二陣控訴審のお知らせです。
※福島原発損害賠償請求千葉訴訟…なのはな生協ではこの裁判に注目し、福島原発事故を風化させないため、福島の現状を知り支援するために傍聴を続けています。




 

福島原発千葉訴訟第二陣これまでの裁判の経緯

福島原発千葉訴訟第二陣(控訴審)は,福島第一原発事故によって千葉県に避難された6世帯17名の方々が, 国と東京電力に対して損害賠償責任を求めている裁判です。

平成31年3月14日,千葉地方裁判所民事第5部は,国の責任を否定する判決を言い渡しました。その理由ですが、津波により全交流電源喪失をもたらす浸水が生じることの予見可能性を認めつつも,
①その予測の確 度は必ずしも高いとはいえないこと,
②地震対策の優先度が高く,平成19年7月に新潟中越沖地震が発生し、 耐震性の問題がクローズアップされたこと,
③規制権限の行使には専門技術的判断が認められることから,津波対策より地震対策を優先させた判断が不合理ではない,というものでした。

しかし,群馬,福島,京都,東京,横浜,松山,札幌の各地裁判決では,いずれも国の責任が認められており, 国の責任を認める流れが大勢を占めております。

また,千葉地裁民事第5部は,避難継続の合理性について,
ア:緊急時避難準備区域旧居住者に関し,平成24 年8月末を超えて避難を継続した場合でも個別事情に応じて避難継続の合理性を肯定すると判示し、一審原告の個別事情を踏まえて平成25年3月末日まで避難の合理性を認め,
イ:自主的避難等対象区域旧居住者に関し, 一定の場合は避難の合理性が認められると判示し,各一審原告の個別事情を考慮して,平成24年12月末日 (又は平成23年4月6日)まで避難の合理性を認めました。
千葉地裁民事第5部は,これまでの賠償基準の不十分さを認め,これを超えた損害賠償を命じました。

しかし,認定した避難の継続の期間・損害額いずれも,原発被害者の被害実態に即した十分なものとは言い難いものです。

現在,福島原発千葉訴訟第二陣の審理は,千葉地裁から,東京高等裁判所第16民事部へ移りました。
控訴審では,原発被害者の方々が受けた現実の被害の大きさについて,東京高等裁判所の裁判官にも十分理解していただけるよう、さらなる主張,立証を行い,慰謝料の増額とともに,必ず国の責任を認めさせ,被害の完全回復に向けて実態に即した全面的な賠償を実現させたいと考えます。


相双の会 会報98号

原発事故被害者「相双の会」会報98号が届きましたので、転載します。

はじめに

2020 年 3 月 12 日、避難者訴訟第 1 陣の控訴審で仙台高裁がくだした判決は、大いなる希望を与えるとともに、私たちのたたかいに問題提起をする内容でもあった。
ただ少なくとも、2011 年の事故発生以来の苦難に対し、9年にわたって私たちがたたかってきた甲斐はあったし、今後たたかいを続けることによって私たちの要求を実現することができるだけの橋頭堡を築くことはできた。
これは、私たちに得られた確信である。
そこで以下では、3/12 仙台高裁判決の内容や意義をとらえ、それを踏まえて私たちのたたかいが今後どのようにあるべきかについて述べる。

仙台高裁判決の積極面について

仙台高裁判決は多くの積極面を持つ判決であった。
まずあげられるのは、東電の悪質性を認定したことである。
津波による全電源喪失の予見可能性を認定し、被害者にとって、被告の対応の不十分さは「痛恨の極み」だとした点 は、画期的と言って良い。
第 1 審のいわき支部判決が、津波の予見可能性を否定するかの ような判断をしたことと対照的であった。

第 2 に、原告の受けた損害について、分析的に解明し、被害論を深化させた点である。
判決は、慰謝料項目を3種類(1避難を余儀なくされた慰謝料2避難生活の継続による慰謝料3故郷喪失・変容慰謝料)にわけて、認定した。
そして、故郷喪失がなにゆえ問題なのかについて、保護法益として「包括的生活利益としての平穏生活権を設定し、その内容として、「自然環境的条件」と「社会環境的 条件」や、自然環境との関わりや住民相互の緊密な人間関係に基づく「生活利益」を認定 した。
ゆえに、原告には「地域への強い帰属意識と安心感」があるから、「仮に帰還しても、 地域社会が大きく変容してしまったことによる被害が継続する。」との判断になったものである。
これも画期的であった。
ここでも、第 1 審のいわき支部判決が、この点の整理を何ら行わず、故郷喪失・変容慰謝料を独自に算定せず、結果損害額も極めて低額に抑えられていたことと対照的であった。

課題を残した点

他方で、仙台高裁判決に問題がなかったわけではない。
結論としての損害算定(認容額) が、必ずしも高額な水準に至らなかった点である。
また、故郷喪失慰謝料について、帰還困難区域で 600 万円、居住制限区域・解除準備区域を 100 万円、緊急時避難準備区域は 50 万円と認定したことは不均衡であり、一貫性を欠く。
結局、額の判断においては、原賠審による指針の内容を基本的に肯定して、これに「薄く上乗せ」する姿勢となったと言わざるを得ず、この点は残念極まりなかった。

今後のたたかいに向けて

さて、以上を踏まえて、私たちは今後いかにたたかうべきか。
私は以下のように考える。

(1)東電の対応について
まず出発点にすべきことは、この判決についての東電の対応について糾弾することである。
判決後、私たちは、不満はあっても仙台高裁判決は、考え方として基本的に受け入れ可能なものであると考え、東電に対し、仙台高裁判決を受け入れ、原告団に真摯に謝罪し、 判決に基づく賠償を行うことを求めた。
しかし東電は、原告団に対する謝罪を拒絶し、最高裁に対して上告を行った。
この、事故に対する全く無反省な態度、これをこのまま曖昧にすることは許されない。
私たちはこの点について、怒りをこめて徹底的に告発することがまず必要である。

(2)最高裁闘争を主軸にしたたたかいを
そして、私たちは、最高裁闘争を主軸にしたたたかいを構築する必要がある。
最高裁は本来、すでに高裁までに認定された事実を前提に憲法違反があるかという観点からの審理を行う機関なので、本件のような事案で、東電の上告が受け入れられるはずがないというのが私たち法律家の常識である。
しかし見ておかなければならないのは、最高裁が極めて政治的に動く機関だということである。
私に忘れられないのは、2009年 に派遣労働者の派遣先での労働契約の確認を認めることを求めた裁判で、最高裁が派遣労働者の要求を認めた大阪高裁判決を覆し、派遣労働者の要求を退ける判決を下した事例である。
この最高裁判決は、2008年から09年にかけて大量に生み出されたリーマンショックによる「派遣切り」に対して、派遣労働者が一斉に提訴する運動を巻き起こしたことに対し、これを裁判所がことごとく返り討ちにするためのお墨付きを与える役割を果た した。
これと並行的に考えれば、仙台高裁判決の進んだ部分を覆して原発被害救済の訴訟や運動を封じ込める役割を最高裁が果たすことは 十分に考えられる。
仙台高裁判決後、「小高に生きる」(南相馬市小高区の被害者)訴訟の東京高裁判決が原告の損害額を減額する不当判決を行い、これが上告されていることにも照らせば、なおさらである。

避難者訴訟第1陣原告団の一部は、付帯上告をした。
最高裁への要請行動も含めて、東電の上告を許さないというたたかいを強めることが今後の私たちのたたかいの主軸として位置づけられるべきであろう。

(3)要求実現の世論を広く強めよう
そして、私たちの要求実現の取り組みを広く世間に訴える取り組みを行うことである。
避難者訴訟第1陣原告団は、仙台高裁判決後、東電に対し、「被害者らに健康管理と医療 支援」「ふるさとの生活環境、ふるさと回復への尽力」「被害者に対する社会的差別の克服の努力」を国とともに果たすことを求めた。
この点については東電は協議の継続を約束している。
私たちは、この要求を具体化し、その切実な必要性を広く伝えるべきである。
それなしには、最高裁闘争が、「なんだ金がまだ欲 しいということか」という世間一般の誤解を 生み出しかねない。
この点での政党や国会への要請や、メディ アやSNSでの私たちの実態や要求を伝える活動が、広く求められているところであろう。
以上

原発事故から10年目、除染もしなくなるのか
南相馬市(富良野市に避難)中里範忠

原発事故から 9 年 3 か月、新型コロナウィルスが全世界に猛威をふるって、やや下火に 向かい始めた(と思われる)時点でこれを書いています。
私が避難している富良野市では、倉本聰氏を中心とする演劇集団富良野グループの公演 (「屋根」)も春風亭昇太の落語も中止になっていまいました。
中国からの観光客が大半を占める富良野市ですが、ラベンダーの最盛期を前にインバウンドは完全にストップし、ホ テルもペンションもバスもタクシーも乗馬トレッキングの馬もみんな手持ち無沙汰です。

山手線の内側の 5.2 倍が除染されぬまま

ところで、6 月 3 日付朝日新聞電子版は、『未除染でも解除へ』『国の責務に例外』の見出し で『東京電力福島第一原発事故の避難指示区域について、政府は除染していない地域でも 避難指示を解除できるようにする方向で最終調整に入った』と報じた。
翌 6 月 4 日には NHK も同一内容を伝えた。

「放射線量が非常に高いレベルにあることから、バリケードなど物理的な防護措置を実施し避難を求めている区域」すなわち帰還困難区域は南相馬市、飯舘村、葛尾村、浪江町、 双葉町、大熊町、富岡町にまたがっており、 その中のごく一部である特定復興再生拠点区域以外は一坪も除染されないまま放置されてきた。
その面積は山手線の内側の 5.2 倍。
私の生家と累代の墓は、その帰還困難区域の真ん中、イチエフの西 5 キロ地点にあります。
いつになったら除染してくれるのかと心待ちにしていたのですが、どうやら除染をしないで終わりにするらしい。

中里さんが避難する北海道富良野の風景

居住できないのに避難指示を解除?!
ここで、思い出すのは事故後間もない頃、 獨協医科大学の木村真三さん(放射線衛生学・ 准教授)が、双葉町について、除染をしなければ 160 年間は人が住めないだろうと語っていたこと。
私は 160 年という長さを実感したくて歴史年表を広げて遡ってみました。
西暦 1851 年、江戸時代末期の嘉永 4 年で井伊直弼 が暗殺された桜田門外の変の 9 年前、ペリー の黒船来航の 2 年前になる。

時代は元号で言えば、令和、平成、昭和、 大正、明治、慶応、元治、文久、万延、安政、 嘉永とさかのぼることになる。

除染しないということは、放射能が自然減衰するまで 160 年間は住むなということ。
比較的人口密度の高いところの除染は終った、 後はあきらめてくれと言わんばかり。
報道に よると、飯舘村が、村の分断を避けるために 未除染区域の解除を要望したことに応えたものだという。
行政担当者の意向はそうかもしれないが、その地に住んでいた住民の気持ちはくみ取っているのだろうか。
政府はこれを 口実に、居住しないことを条件に帰還困難区域の避難指示を解除したいのだと思う。
棄民政策そのものだ。

ご意見のお願い
是非ご投稿をいただき「声」として会報に載せたいと考えています。
匿名でもけっこうで す。
◇電話 090(2364)3613
◇メール(國分)kokubunpisu@gmail.com

照り焼きチキン焼きそば

いつもの焼きそばを少しだけアレンジしてみました。
とりモモ肉240gは一口大にカットし、塩こしょうしておきます。長ねぎ1本は3cm幅にカットしておきます。フライパンに菜種油を熱し、とり肉の皮目を下にして中火で焼き色が付くまで焼きます。裏返したタイミングで長ねぎを投入し、焼き色をつけます。焼きそば麺2袋、料理酒蔵の素大さじ2を入れてフタをし弱火で2分間蒸し焼きにします。麺をほぐし、めんつゆ大さじ1、味の母大さじ2を加え炒め合わせて完成です。

焼バラ海苔をトッピング♬

カラフル肉野菜マリネ

レモンの酸味が今の季節にピッタリなレシピです。
玉ねぎ1/2個、ピーマン1個、赤ピーマン(またはパプリカ)1個は薄切りにしておきます。豚ロースしゃぶしゃぶ用200gは、塩少々、料理酒蔵の素大さじ1、粗精糖小さじ1/2を揉みこんで下味をつけておきます。
丸大豆醤油大さじ1、レモン汁(創健社「生レモンしぼり」使用)大さじ1/2、粗精糖小さじ2、にんにく1片すりおろし、菜種油大さじ1、塩・こしょう少々を混ぜて調味液を作っておきます。
鍋に湯を沸かし、肉を湯にくぐらせ、色が変わったらざるに上げます。お湯のアクを取り除いて塩少々を加え、野菜をさっとゆでてざるに上げます。
熱いうちに調味液と肉・野菜を和えて完成です。

黒コショウをトッピングしてアクセントに。

こども食堂からべえ6/13

成田市加良部ショッピングセンター内「こども食堂からべえ」開店の様子です。
緊急事態宣言下ではテイクアウトだけとしていましたが、この日から食堂内飲食も2か月半ぶりに再開しました。

ボランティアスタッフによる準備は、衛生面をより入念に。

本日のメニュー

できたてカレーです。

この日は78名の訪問がありました。

炒り豆腐

お豆腐を使ったヘルシーメニューです。
木綿豆腐1/2パックは軽く水切りしておきます。
丸大豆醤油大さじ1、味の母大さじ1/2、料理酒蔵の素大さじ1/2、粗精糖小さじ1、和風だし一番小さじ1/2、根しょうが1片すりおろしを混ぜ合わせて調味液を作っておきます。
キャベツの葉1枚とにんじん1/2本は粗めのみじん切りにします。フライパンに油をひき、豆腐をちぎりながら入れて、水分を飛ばすように炒めます。ポロポロになったら一度ボウルに取り出しておきます。フライパンを拭い、油をひき鶏ひき肉200gとキャベツ・にんじんを炒めます。火が通ったら豆腐を入れ、調味液を加えてあおり炒めて完成です。

ご飯にのっけてのっけて♬

水菜とかにかまのカラフルサラダ

安心素材使用の八水蒲鉾「かにかま」と北海道産のホールカーネルコーン「冷凍ホールコーン」と水菜のカラフルなサラダです。
かにかま6本はほぐしておきます。水菜1束とブロッコリースプラウト1/2パックは根元を切って洗い、水けをきっておきます。冷凍コーンは熱湯をくぐらせ冷ましておきます。
ゆずぽん酢大さじ1と1/2、マヨネーズ大さじ1と1/2、玉絞りごま油小さじ1、塩こしょう少々を混ぜてドレッシングを作ります。
具材を和えて完成です。

ごま油の風味が具材とマッチ♪

豚肉ととろとろねぎの酢醤油蒸し

酸味がさっぱり感を醸し出す、おかずに肴に火を使わないお助け一品です。
長ねぎ1本は2~3cmの斜め薄切りにします。
耐熱容器に、豚小間切200gをほぐして入れ、粗精糖大さじ1、薄力粉小さじ2、丸大豆醤油大さじ1/2、食酢大さじ1を加えてよく混ぜ合わせます。
ねぎを上にのせてからふんわりとラップをかけます。
600Wの電子レンジで3分加熱し、一旦取り出して全体を混ぜたら再度ラップをかけ、3分加熱して混ぜ合わせて完成です。

あと一品に。

相双の会 会報97号

原発事故被害者「相双の会」会報97号が届きましたので、転載します。

私たち「ふくいち周辺環境放射線モニタリン グプロジェクト」は、2012 年 10 月から主に福島県浜通りで放射線の測定を続けている団体です。
福島県や関東地方に在住の原則 60 才以上の メンバーが、毎月 1 週間の日程を組んで測定活動を行っています。
2020 年 4 月で 71 回のモニ タリングを実施しました。
これまでに測定を実 施したエリアは、南相馬市西側、2016 年に避難指示が解除された葛尾村、2017 年に避難指示が解除になった浪江町・富岡町・川俣町山木屋、川内村東部、伊達市保原地区などです。
メッシュ 法を採用し、空間線量率(μSv/h)、表面汚染計数率(cpm)、土壌汚染密度(Bq/m2)などを調べています。

以下、2019 年度の測定活動を中心に、報告させて頂きます。

「汚染土壌の再利用」?!
2016 年 6 月、環境省は除染によって剥ぎ取った汚染土壌について、8,000Bq/kg 未満のものは公共事業等で再生利用可能であるとした『基本的考え方』を公表しています。
そして、2018 年末には除去土壌を小高区羽倉で、常磐自動車道拡幅工事の盛り土(芯になる部分)に使用する計画を発表しました。
期限のない「実証事業」 であり事実上の永久処分に他ならず、地域の方々は強い反対を表明しています。
原発事故で 放射能汚染を被った地域なのに、やっと避難指示が解除になったのに、さらに汚染土壌を持ち込むなんてとんでもない、という主張だったと思います。
そういった状況を踏まえて地元行政区長さん、地域住民の方々らと相談の上、2019 年 3 月から 5 月にかけて測定を行いました。

*小高区西側 全 320 ポイントでの平均は
1m高空間線量率 0.71μSv/h
土壌汚染密度 475,000Bq/m2
(中央値は 334,000Bq/m2)でした。

*従来の法律では 40,000 Bq/m2以上は放射線管理区域と指定されます。
今なお周辺は「原子力緊急事態宣言」が解除されないので、このような高度の土壌汚染地域も居住可能とされてしまっているのです(相双の会注)。
*この実証事業計画は、今のところ停止中です。
止まっているだけで、撤回されたわけではありません。

空間線量率も「放射線管理区域」をこえたまま
6 月から 9 月までは、懸案になっていた飯舘村の測定を行いました。
2017 年 3 月末、南部に位置する長泥行政区(帰還困難区域)を残し、 避難指示が解除されていましたが、私たちの力量不足で手を付けることが出来なかった地域でした。
*飯舘村南部 482 ポイント(ホットスポット は除外)での平均は
1m高空間線量率 0.88μSv/h

土壌汚染密度 609,000Bq/m2
(中央値は 533,000Bq/m2)でした。
南相馬市小高区西側も飯舘村南部も、平均で 1m高の空間線量率が国の「放射線管理区域」の 基準、0.6μSv/h を大きく超えています。
未だ国 は土壌汚染については基準を作っていませんが、 以下の数値を記しておきます。

【参考】チェルノブイリ原発事故から 5 年後に制定された「チェルノブイリ法」では、 185,000Bq/m2以上で避難の権利(生活保障)が 発生し、555,000Bq/m2以上で義務的避難。
小高区や飯舘村南部の測定と時期を調整しながら、南相馬市山側 8 行政区の通算 4 巡目測定 は、鹿島区の 2 行政区を最後に 11 月に終了しています。

測定が完了した各地域のデータは可視化図にまとめ、A0 版または A1 版のプリントを作成し、 地元の皆さんに提供するとともに、市町村役場 や管轄する消防署などにお届けしています。

聖火リレー予定周辺の放射線調査結果は

無理やり招致した 2020 東京オリンピック・パラリンピックを、原発事故被災者を放り出したままで「復興五輪」と称して、福島県から聖火リレーをスタートする計画を知った時は唖然としましたが、2019 年 12 月と翌 1 月に、主に浜通りの市町村で聖火リレー予定地周辺の放射線調査を行いました。
この調査は NPO・ちくりん舎さんと NGO・FoE ジャパンさん、飯舘村・伊藤延由さんらとの共同作業として実施、「ふくいち」としては初めての経験でした。
楢葉町・富岡町・大熊町・葛尾村・川俣町・浪江町・南相馬市・飯舘村・川内村の 9 市町村で測定しましたが、「復興五輪」なのだから聖火リレーコースは完璧に除染されているだろうという予想は大きく外れ、 汚染状況の深刻さが明らかになりました。
測定結果はちくりん舎関係者の手によって冊子にして頂き、各方面に配布することが出来ました。
また、3 月 3 日には外国特派員協会(FCCJ)にて、記者会見の形で測定結果を報告させて頂きました。

常磐線開通にともなう駅周辺「解除」の実態

2020 年 3 月 14 日、原発事故以来不通が続いていた常磐線が開通し、それに伴って夜ノ森駅・ 大野駅・双葉駅の 3 駅周辺が「先行解除」されました。
「ふくいち」では 3 月の第 70 回モニタリングでこの 3 駅周辺を測定しました。
狭い範囲でありまた街の中心なので、土壌採取は困難だろうということで、100m×100mのメッシュでの測定を計画、どの駅の周辺でも新しくアスファルト舗装されたり、砂利が敷かれ整備された場所以外は、1m高の空間線量率は予想通り、高い数値を示しました。
いずれの駅も無人駅のようです。

大熊町と双葉町では、帰還困難区域内に設定された「特定復興再生拠点」の一部が、同じく 3 月から「立ち入り規制緩和区域」として、24 時間年齢制限無しで立ち入りが可能になりました。
この両「緩和区域」の測定も 3 月から 4 月に掛けて完了しています。

私たち「ふくいち」は、現場主義で放射線量の測定と土壌採取・分析を実施し、わかりやすい形で可視化したものを公開し、記録保存する活動を今後も続ける所存です。
そして原発事故で被災した方々に、健康や人権を守るために使って頂けるとしたら、これに勝る喜びはありません。
当面は、すでに着手している南相馬の山側 8行政区通算 5 巡目の測定を進め、南部のみで終わっている飯舘村の残り部分の測定も視野に入れています。
個人宅の測定については、ご依頼があれば可能な限り応じさせて頂きます。ご相談下さい。

調査中のふくいちプロジェクトメンバー

猛威をふるう新型コロナウイルスのため、第 72 回モニタリング(5 月)は中止せざるを得ませんでしたが、状況が改善され次第、測定活動を再開したいと思っています。
私たち「ふくいち」の測定したデータは、個人宅の測定以外は全て可視化し Web サイトや Facebook で公開しており、どなたでも見ることが出来ます。是非ご覧ください。

■Web サイト URL http://f1-monitoring-project.jp/
■FacebookURL https://www.facebook.com/fukuichi.mp/

【大野駅周辺空間線量率可視化】

 

原発事故から10年目、忘れられない避難の恐怖

10 年前の 3 月 11 日~12 日、福島第一原子力発電所では 3 つの原子炉が自動で止まった。
津波で原子炉を冷やす機械が動かなくなって、原子炉が壊れて中の放射性物質が外に漏れ出るおそれがでてきた。
国や県では近くに住む人たちに “避難指示”や“屋内退避指示”を出したと言うが、その前に地震により原子炉そのものが壊れたのではないかという説もある。

国が出した避難指示の内容を改めて追ってみよう。

2011 年3月11日19時03 分 福島第一 原子力緊急事態宣言発令
20 時 50 分 県が半径 2 km圏内に避難指示
21 時 23 分 国が半径 3 km圏内に避難指示

国が半径 10 km圏内に屋内退避指示
2011 年 3 月 12 日 5 時 44 分 国が半径 10km 圏 内に避難指示
7 時 45 分 福島第二 原子力緊急事態宣言発令 国が半径 3km 圏内に避難指示
国が半径 10km 圏内に屋内退避指示
17時39 分 福島第二 国が半径10km圏内に避難 指示
18時25 分 福島第一 国が半径20km圏内に避難 指示
2011 年 3 月 15 日 11 時 00 分 福島第一 国が 20 ~30km 圏内に屋内退避指示

福島第 1 から大量の放射能がまき散らかされてから、半径2km圏内に避難指示を出しただけで、半径10km圏内は翌日の早朝5時 44 分まで「屋内退避」を指示しただけだった。
そしてその日の夕方18 時 25 分にようやく半径 20 km圏内 に避難指示が出た。
寒く雪が降り続けていた。

大混乱の中、近隣市町村住民は全てを投げ捨て行き先も解らず出来るだけ遠くへ逃げようとした。
交通機関もなにもなく、自家用車と自治体はバスを用意したが何処へ行くのか分からない。
ガソリンはない。それに道路は避難する車 で大混雑し動かない。
大多数の方は、せいぜい 数週間で帰れるだろうと思いこんでいた。

それから 10 年、どんな思いで生活してきたか、 国、東電は分かっていないでしょう。
分っていたら原発再稼働など考えられないはずです。

放射能公害による被害者の実態は、これまで多くの報告がありましたが、事故から 10 年目となっても、事故以前に戻ったわけではない。
今でも家族が元に戻らない。
地域コミニテイは崩壊したままである。

地域の長老は口を揃えて「もう元には戻らないでしょう」と言う。
当初は2~3年で何とか なるだろうと思ったが、原発事故とはそんな甘いもんじゃない、100 年後の展望など持って生きられるわけがない。

故郷では三世帯、四世帯が同居してきたのは当たり前で、共に寄り添い助け合いながら生活してきたのであるが、全てを壊され、目先の生活に必死で、尚なんの余裕もない。

東北の田舎町の集落は 100 年、200 年と先人達が苦労に苦労を重ね出来上がったものです。
だから農業への想い、漁業への想い、そして街づくりの展望を描きながら若者から若者へと引き繋がれ成り立ってきた。
そこを長老たちは心 配しているのだと思う。

新型コロナウイルスと放射能

コロナウイルスで、命と健康が第一なのか、経済なのか問われていますが、命があって経済が成り立つことを問いかけられたのではないでしょうか、人類が経済経済と地球を壊し続けた結果、災害などが起き、脅かされているのであろうと思われます。新型コロナウイルスはワクチンの開発に 世界中の研究者が取り組んでいますから、いずれ解決されます。
また集団免疫ができて、人間のからだがウイルスをうけつけないようになります。
だが、原発事故による放射能公害はそうはいかない。
薬も効かないし免疫もつきません。
何百年もかけて自然消滅を待つ他、手立てはありません。このまま原発を稼働し続ければ大事故が起きることは否定できません。
さらに廃炉がどんどん多くなってくれば、その処理費用は莫大で、放射性物質や汚染廃材も膨大に発生し、その後始末だけで生物の命どころか経済そのものも大きく脅かされることは必至です。
原発新設などとんでもないのはむろんのこと、一刻も早く廃炉にすべきです。

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