原発事故被害者「相双の会」会報81号が届きましたので、転載します。


福島第一原発から約 55kmに相馬市があります。
双葉郡、南相馬市小高区から移住した方々が多くいると聞きますが実数は分かりません。
個人情報で 役所に聞いても教えてくれません。
ふる里を思いながら出来るだけ近くに居たいと相馬市、新地町を選び居住したのだろうと思われます。

不安材料は沢山あります。
相馬、新地の放射能線量を測ると通常の 2・3倍はあります。
それに廃炉に40年と言われますが、それも分かりません。
地球温暖化で台風が巨大化されてきていると言われます。
昨年の台風は50年に一度とか、熊本地震は、2016年(平成28年)4月14日21時26分 以降に熊本県と大分県で相次いで震度7を観測する地震、昨年は北海道胆振東部地震、2018年(平成30年)9月6日震源 Mj 6.7。
このような自然災害を見たとき即、全原発を廃炉と考えるのは当然です。

そんな中で相馬市、新地町の良識のあるみなさまと「 原発・放射能を考える相馬・新地の会」を、1月20日に発足させることが出来ました。

発足の集いでは、講談師の神田香織さんからはなむけの講談を頂き、盛り上がりました。

「 原発・放射能を考える相馬・新地の会」趣旨

福島第1原発事故は、「事故は有り得ない」と強調した人たちの責任を問うている。

政府と東電は爆発当時の情報や避難先の 誘導指示も一切無く、「直ちに健康に影響を及ぼすことは無い」を繰り返すのみで、時間の経過と共に避難区域は拡大され、住民への説明は後回しにされるなど混乱を極めた。
その結果、一人ひとりが思い思いで避 難せざるを得ず、数箇所を転々と流転する しかなかった。まだ助けられた津波被害者 を、後ろ髪をひかれる思いで残してきたこ とは、悔やんでも悔やみ切れない。
もう原発事故から8年となり、被害者、 近隣市町村は何も無かったかのようにされているのではないでしょうか?
しかし、そうではない。

原発廃炉に 40年とも 100年とも言われています。
自然災害(地震、津波、台風、噴火)が巨大化してきていますからどんなことが起きるか想像を絶します。
廃炉作業はこれまで経験の無いメルトダウン・メルトスルーでのデブリ取り出しですから途中何が起きるのか分からない現状にある。

 

除染土壌を公共事業に再利用
除染土壌を公共事業に利用する方針を環境省は目論んでいる。
実施するとなれば全 国へ放射性物質をバラまく事になる。

環境省は2018年12月17日に福島県内の除染で出た汚染土壌を盛り土材などの土木資材として再生利用する計画を巡り、公共事業で使う際の手引きの検討案をしめした。
土壌の放射性物質濃度は1kg当たり 8,000 Bq以下が条件となっているが、幾ら低線量であろうとも放射性物質に変わりなく、市民の命と健康を考えれば許されることではない。
このままだと相馬市、新地町にも運ばれる可能性はあると考えなければなりません。

廃炉の際に放射性廃棄物が制約なく再利用できる「クリアランス基準」(100 Bq/kg) の80倍にのぼる8,000Bq/kgを基準として、 政府(環境省)は 2016年4月 8,000 Bq/kg を下回った指定廃棄物の指定を解除できるとする特措法施行規則の改正を行った。
そのため 8,000 Bq/kg以下の放射能汚染物は 通常の廃棄物と同様に処理が進められるとしている。
このダブルスタンダード(相矛盾する二つの基準を使い分ける)によって生じる特定一般廃棄物と特定産業廃棄物は、 現状把握すら統一的に行われていない。
通常の廃棄物と同様に取り扱われるということは自区内(市町村内)処理の原則を徹底 させている地域の一般廃棄物を除けば、多くの廃棄物は近視眼的な経済性に依拠して処理され、処理業者の判断によっては遠方への移動も意味する。

8,000 Bq/kgを越える「指定廃棄物」の総 量は減るかもしれないが、通常の廃棄物と 同様に処理されれば、焼却により拡散され てしまう放射能汚染物がさらに各地へ広 がっていくことになる。

 

晩発性障害について
放射能公害は放射線障害のうち、被ばくしてからその障害の発症までの潜伏期間の長いものをいう。
この障害として、各組織‣ 臓器のがん、白血病などの悪性腫瘍、寿命短縮(老化)、白内症などがあげられる。
それらの障害の発症には数十年以上かかることがある。
特に子供たちの 20年後 30年後が心配されることから放射能への認識を新たにしていかなければならない。

 

何でも話し合える場、交流のために
相馬市、新地の住民は少なからず放射能に対する関心があると思われる。
しかし周りの方々と口に出せないでいるのが現実であるような気がします。
本当は家族、地域の展望について本音で話し合いたいのではないか、特に若い人たちはそうではないでしょうか。

1,「会」の名称は「原発・放射能を考える相馬・新地の会」とします。
2,「会」の目的
①原発の無い安心・安全な街づくりに貢献します
②放射能から命と健康を守る取り組みと対策を求めます
③近隣原発の事故を想定し避難道路はじめ対策を講じるよう要請します。
④放射能で汚染された土壌は絶対受け入れない要請と取り組みをします。
⑤放射能公害は長期に渡り弊害があることから後世を守ることを引き継いで行かなければならない。
3,本会は、会員間の交流、勉強会、講演会、会報の発行を行います。
4,本会には、会長、副会長若干名、事務局長、事務局員若干名を置きます。
5,本会は、必要に応じて役員会議、事務局会議、総会を開催します。
フクシマ事故と東京オリンピック(1)
元京都大学原子炉実験所助教 小出裕章

2011年3月11日、巨大な地震と津波に襲われ、東京電力・福島第一原子力発 電所が全所停電となった。
全所停電は、 原発が破局的事故を引き起こす一番可能性のある原因だと専門家は一致して考えていた。
その予測通り、福島第一原子力発電所の原子炉は熔け落ちて、大量の放射性物質を周辺環境にばらまいた。
日本国政府が国際原子力機関に提出した報告書によると、その事故では、1.5×10の16乗ベクレル、広島原爆168発分のセシウム137を大気中に放出した。
広島原爆1発分の放射能だって猛烈に恐ろしいものだが、なんとその168倍もの放 射能を大気中にばらまいたと日本政府が言っている。

その事故で炉心が熔け落ちた原子炉は 1号機、2号機、3号機で、合計で7×10 の17 乗ベクレル、広島原爆に換算すれば約8000発分のセシウム137が炉心に存在していた。
そのうち大気中に放出されたものが 168発分であり、海に放出されたものも合わせても、現在までに環境に放出されたものは広島原爆約 1000発分程度であろう。
つまり、炉心にあった放射性物質の多くの部分が、いまだに福島第一原子力発電所の壊れた原子炉建屋などに存在している。
これ以上、炉心を熔かせば、再度放射性物質が環境に放出されてしまうことになる。

それを防ごうとして、事故から間もなく8年経った今も、どこかにあるであろう熔け落ちた炉心に向けてひたすら水を注入してきた。
そのため、毎日数百トン の放射能汚染水が貯まり続けてきた。
東京電力は敷地内に 1000基を超えるタンクを作って汚染水を貯めてきたが、その総量はすでに 100万トンを超えた。
敷地には限りがあり、タンクの増設には限度がある。
近い将来、東京電力は放射能汚染水を海に流さざるを得なくなる。

もちろん一番大切なのは、熔け落ちてしまった炉心を少しでも安全な状態に持って行くことだが、7年以上の歳月が流れた今でも、熔け落ちた炉心がどこに、 どんな状態であるかすら分からない。
なぜなら現場に行かれないからである。
事故を起こした発電所が火力発電所であれば、簡単である。
当初何日間か火災が続くかもしれないが、それが収まれば現場に行くことができる。
事故の様子を調べ、 復旧し、再稼働することだって出来る。
しかし、事故を起こしたものが原子力発電所の場合、事故現場に人間が行けば、 死んでしまう。
国と東京電力は代わりに ロボットを行かせようとしてきたが、ロボットは被曝に弱い。
なぜなら命令が書き込まれている IC チップに放射線が当たれば、命令自体が書き変わってしまうからである。
そのため、これまでに送り込まれたロボットはほぼすべてが帰還できなかった。

2017年1月末に、東京電力は原子炉圧力容器が乗っているコンクリート製の台座(ペデスタル)内部に、いわゆる胃カメラのような遠隔操作カメラを挿入した。
圧力容器直下にある鋼鉄製の作業用足場には大きな穴が開き、圧力容器の底を抜いて熔け落ちて来た炉心がさらに下に落ちていることが分かった。
しかし、その調査ではもっと重要なことが判明した。
人間は8シーベルト被曝すれば、確実に死ぬ。
圧力容器直下での放射線量は一時間当たり 20Svであったが、そこに辿り着く前に 530あるいは 650シーベルトという放射線が計測された。
そして、この高 線量が測定された場所は、円筒形のぺデ スタルの内部ではなく、ペデスタルの壁 と格納容器の壁の間だったのである。

東京電力や国は、熔け落ちた炉心はペデスタルの内部に饅頭のように堆積しているというシナリオを書き、30年から40年後には、熔け落ちた炉心を回収し容器に封入する、それを事故の収束と呼ぶとしてきた。
しかし実際には、熔けた核燃料はペデスタルの外部に流れ出、飛び散ってしまっているのである。
やむなく 国と東京電力は「ロードマップ」を書き換え、格納容器の横腹に穴を開けて掴み出すと言い始めた。
しかし、そんな作業をすれば、労働者の被曝量が膨大になってしまい、出来るはずがない。
私は当初 から旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所事故の時にやったように石棺で封じるしかないと言ってきた。
そのチェルノブイリ原発の石棺は 30年たってボロボロに なり、2016年 11月にさらに巨大な第2石棺で覆われた。
その第2石棺の寿命は 100年という。
その後、どのような手段が可能かは分からない。

今日生きている人間の誰一人として チェルノブイリ事故の収束を見ることができない。
ましてやフクシマ事故の収束など今生きている人間のすべてが死んでも終わりはしない。
その上、仮に熔け落ちた炉心を容器に封入することができたとしても、それによって放射能が消える訳ではなく、その後数十万年から 100万 年、その容器を安全に保管し続けなければならないのである。
(次号に続く)

是非ご投稿をいただき「声」として会報に載せたい と考えています。匿名でもけっこうです。
◇電話 090(2364)3613 ◇メール(國分)kokubunpisu@gmail.com

 

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